インドネシア国立芸術大学のメンバーが中心になった芸術集団による定期パフォーマンス。
こんにちは、バリ島ナビです。今日ご紹介するのは、高い演奏技術と優れた芸術性で、国内外の評価が高い「スマラ・ラティ」の火曜日の公演「スピリット・オブ・バリ」です。「スマラ・ラティ」は、毎週、火曜日と土曜日に定期公演を行っています。土曜日はダラム・ウブド寺院で「ビューティー・オブ・レゴン」という公演を、火曜日はウブドの中心地から少し離れたクトゥ村で、「スピリット・オブ・バリ」を上演しています。
スマラ・ラティのリーダーは「バリス」というバリの男性舞踊の名手として有名な、A・A・グデ・アノム・プトラ氏。齢10歳から現在に至るまで数々の舞台に立ち続け、苦学してバリ舞踊を修めたアノム氏は、ウブドの有名な舞踊グループの設立を多数手掛け、ご自身も様々なグループに参加してきました。
高い志を持ったアノム氏は、10代のころから、自身が理想とする、究極のガムラン・バリ舞踊楽団を作りたい、と思い続けていたそうです。そして、「SEMARANDANA スマランダナ」という、素晴らしいガムランに出会い、選抜を重ねてガムラン奏者と舞踊家を選び、満を持して「スマラ・ラティ」が結成されます。1989年にはトゥブサヤにある、ダラム・プリ寺院で定期公演が始まり、1992年に現在の会場である、クトゥ村の寺院で「スピリット・オブ・バリ」の公演が始まりました。
「スマラ・ラティ」について特筆すべきは、バリ島内で初の、出身地者であることは関係なく、純粋にその技術・芸術性によって選抜されたグループ、という点です。通常、バリ島ではガムラン・チームは、その宗教儀式における重要性から、各地域のお寺を中心とした集落の、出身地者によってメンバーが構成されます。踊り手もしかり。しかし、「スマラ・ラティ」は、その「枠」を超えた初めてのガムラン・グループでした。結成当時は10代、20代の若手、それもガムラン、舞踊を専門で学んでいたメンバーばかりで構成されたグループ。当然、その技術、芸術性は抜きんでており、今現在も他の追随を許さない、と言えるでしょう。
今回は、リーダーのA・A・アノム氏(通称、アノム・バリス氏)に、特別にお話を伺わせていただく事が出来ました。BALINESE DANCE&MUSIC STUDIOでもあるご自宅では、アノム氏や、奥様のアユさんから、直截バリ舞踊のレッスンを受けることも出来ます。公演で使われる、ガムラン・スマランダナも、一式、ここに保管されています。バロンや数々の踊りの衣装が、大切に保管されており、公演の際は、大きなトラックで、全てを運んで行くそうです。
アノム・バリス氏は、その呼び名にもなっている通り、バリ男性舞踊の「バリス」の名手として、昔から国内外で有名な方。ナビも、観光客だったその昔、初めてアノム氏の「バリス」を舞台で見て、ノックアウトされた経験が有ります。その才能、ストイックに芸を突き詰める姿勢から、ちょっと怖い人、という印象のあるアノム氏。緊張気味のナビに、「緊張しないでください!私はみなさんと色々お話して楽しむのがとても嬉しいのです!」と声をかけて下さいました。じつはとってもちゃめっ気のある方で、時に、踊りの際にもそのちゃめっ気が、コミカルに活かされているのだ、ということに気付いたナビ。
シャンプー節約のため坊主にした、とのこと
普段、踊りのメイクをしているか、仮面をつけているかで、その素顔はあまり知られていないと思いますが、今回、カメラを向けると気さくに笑顔で応えて下さいました。1990年代、「スマラ・ラティ」が一世を風靡し始めたころ、素顔のアノム・バリス氏の、あまりの男前さに、これまたびっくりした記憶のあるナビですが、そのアノム氏も現在45歳になるそうです。三男一女に恵まれ、奥様のアユさんともども、一家で舞台に立つ日々。アノム氏の下に教えを請いに、国の内外から来る人も多く、「真剣に芸を学びたい、という人に、是非来てほしい。」と語るアノム氏。ご自宅にはホームステイできるお部屋が4部屋あり、踊りやガムランを、直截「スマラ・ラティ」のメンバーから習えるそうです。
さて、アノム氏に「スマラ・ラティ」の名前の由来をお聞きしたところ、「スマラ=愛の神と、ラティ=月の女神の融合。美しいもの同士の結合。天と地の結びつき。これは、素晴らしいガムラン演奏と美しく気高い舞踊の結びつきであり、ひいては、愛そのものをシンボライズしています。そのこころは、もし、一度でも愛を知ってしまったら、その甘美な陶酔にやみつきになってしまう、ということで、もし一度でもスマラ・ラティを経験したら、必ずその虜になってしまう、ということです。」とのこと。なるほど~~~~!!と、深く感心したナビ。
「スマラ・ラティ」は世界各国への海外公演の実績も多く、つい最近もオランダの「IGFA~インターナショナル・ガムラン・フェスティバル・アムステルダム」に参加するため、25名編成で海外公演を行ったばかり。このフェスティバルには、バリ島内の30ものグループから選抜されたそうです。
もうひとつ、土曜日と火曜日の公演の違いについて伺いました。土曜日の「ビューティー・オブ・レゴン」は比較的、クレアシ・バルー(新創作)が多いのに対し、火曜日の「スピリット・オブ・バリ」は、基本がトラディショナルである、ということ。演奏も舞踊も、古典から徹底的に学んだメンバーが、その真骨頂を発揮しています。
スマランダナ。鍵盤の数が多い。
さて、ここで、「スマラ・ラティ」の最大の特徴、ガムラン「SEMARANDANA スマランダナ」について、すこし触れておきましょう。現在、広く観光客に「バリ島のガムラン」として知られているのは、「ゴン・クビャール」と呼ばれる形態の5音階のガムラン・オーケストラです。古くはNEKARA(ヌカラ)と呼ばれるものから、BEBONANGAN(ブボナンガン、現在のバラ・ガンジュール)、SEMAR PEGULINGAN(スマル・プグリンガン)、GONG KEBYAR(ゴン・クビャール)へと、進化しているガムラン。各形態によって、音階の違い(4音階、5音階、7音階)、編成の違いがあり、毎年のように、ISI(インドネシア国立芸術大学)・デンパサールを中心に、新しいガムラン・オーケストラが生まれている状態だそうです。「ゴン・クビャール」はシガラジャが発祥の地と言われています。
1980年代までは、スンドラタリ(物語を音楽と踊りで進めていく芸能)の上演の際には、場面場面によって、3つのガムラン形態を使い分けていたそうです。たとえば、この場面では「スマル・プグリンガン」、また別の場面では「ゴン・グデ」というように。その分、3グループの楽器と演奏者が必要だったわけで、何かと大掛かりでありました。
1980年代終わりごろに、様々な演奏形態を、ひとつの楽団でこなせるような、スーパー・ガムランが生み出されました。それが、「SEMARANDANA スマランダナ」と呼ばれるガムラン形態なのです。「スマランダナ」は「スマル・プグリンガン」と同じく7音階ですが、5音階のゴン・クビャールの楽曲にも対応できるようになっています。「ゴン・クビャール」だけでなく、4音階のガムラン曲、また「スレンドロ=音の間隔が均等」、「ぺログ=音の間隔が不均等」なガムランの楽曲にも対応、ほぼ全てに対応できる、最も完全な形のガムラン・オーケストラです。当然、新しく創作される楽曲も、それまでのガムラン楽曲にはなかった、多様性を発揮できるわけです。「スマランダナ」の発案者は、当時のSTSI(現ISI)の教授でした。
その新しいガムランをいち早く取り入れた「スマラ・ラティ」は、全く新しいオリジナル曲も含めた「スマランダナ」の演奏で、バリ島内外の人々をあっと驚かせ、高い評価を得たのです。
スマランダナを一式そろえてから、年月がたち、繊細なメンテナンスと調整によって、「スマラ・ラティ」のガムランの音色は、一層、芳醇な音色になってきたそうです。踊っていても、他のガムランで踊る時より、より一層音の中に埋没する、とアノム氏はおっしゃっていました。
さて、いよいよ火曜日の「スマラ・ラティ」公演「スピリット・オブ・バリ」をご紹介いたしましょう!
行き方
ウブド王宮から、ラヤ・ウブド通りを東向きに直進、クトゥ村寺院のある道(「スマラ・ラティ」の看板有り)を左折、200メートルほど行くと、右側にクトゥ村寺院、その横に集会場が有り、そこが会場となります。
公演前
公演会場のクトゥ村集会場は屋根付きですので、雨天でも問題はありません。入り口横のチケット売り場には、「スマラ・ラティ」の制服を着た男性達が。入場料金は7万5000ルピアですが、もし公演中撮影をする場合、カメラ使用5000ルピア、ビデオ使用1万ルピアの追加料金が必要です。
日本語のプログラムをもらって内容を確認。週ごとに演目が変わるようです。到着時間が早かったので、まだ席はあまり埋まっていません。こじまんりとしていますが整然とした会場で、舞台への期待が高まります。
開演時間間近に、どんどんお客さんが入ってきました。
と、いきなり会場の電気が消されて真っ暗に!!
そして、響き渡るバラ・ガンジュールの大音響!!
暗くて全く見えませんが、バラ・ガンジュール隊が、楽器を打ち鳴らしながら入場してきます!それにしてもすごい迫力です。ガムラン隊が舞台上のガムランの前まで整列、そこでようやくライトが点き、音源が目に見えます。この人たちが今日の舞台の主役、ガムラン・チーム「スマラ・ラティ」の演奏家たち。
インストゥルメンタル カラ・カリンガ
この曲は「スマラ・ラティ」のクンダン(太鼓)奏者であるチャタル氏によって作られた曲で、インドネシアの騒然とした今の時代を表現しているそうです。間合いを取って、絶妙なタイミングで演奏を始めた奏者達。観客から思わずため息がこぼれます。これだけ全員が整然と揃った演奏を行うグループは、ここ以外には無いのではないでしょうか。なるほど、世界各国から称賛を浴びる訳です。現在、演奏者は25名だそうですが、1人欠けても、代わりが務まる人が居ないほど、各々の演奏レベルが高いのだそうです。写真ではこの演奏をうまくお伝えできないのが残念ですが、第1音から音色が違う!他のガムラン演奏と比べて、全く音色が違うように思いました。そして、とにかく奏者の動きが美しい。一糸乱れぬ、とはまさにこのことです。同じように腕が動き、同じように身体が揺れる。そして、なぜか全員がうっとりと微笑んでいます。舞台を真ん中に、左右に分かれて並んだガムラン・チームですが、右側の演奏が終わると次は左側に主旋律が移り、と曲は流れ、その度に、お互いに顔を見合わせ、目配せを交わし、お互いに微笑みあいながら演奏しています。
「幸せそう」
演奏している人たちを見て、そう思ったナビです。まさにガムラン「スマランダナ」の音の神様の虜になった人たち。曲が終わると同時に、客席からため息と大きな拍手が送られました。
バリス・トゥンガル
火曜日のこの公演で目玉となる、アノム氏の「バリス」ですが、今日はアノム氏のご子息、A・A・アンガー君(12歳)がバリスを踊ります。アノム氏が「トペン」を踊る時は、ご子息が「バリス」を踊るのだそうです。
まだ幼いながらも、アノム氏の面影を色濃く受け継いだ容貌、そしてお父様譲りの力強い身のこなし。「バリス」は戦士の姿を描いており、敵の気配に恐れながらも未知の世界へと足を踏み入れていく様子を、力強さと洗練された身のこなしで表現しています。まだ12歳のA・A・アンガー君ですが、今後が非常に楽しみな若さあふれる力強い踊りでした。
レゴン・ジョボッグ
宮廷舞踊レゴンの中のラーマーヤナに題材を求めた作品で、猿王兄弟の物語です。ジョボッグは猿の意味。
今回登場の二人のレゴン。タイプは違う二人ですが、踊りは非常によく揃っていました。レゴンは通常二人ないし複数で踊られますが、この二人がどれだけ揃っているかが命といえる踊りです。ですので、体格・身長・見た目が似通っている事が望ましいのです。見た目が似ていても、踊りが揃っていなければ、レゴンとしては魅力半減ですし、今日のレゴン・ジョボッグは、写真を通してより一層、二人の動きがぴったり合っている事が確認できました。
二人の猿王兄弟は、魔物退治に出かけますが、途中、行き違いから二人が激しく衝突し、戦いが始まる、というストーリーになっています。途中、キパス(扇)を置き、木の葉のようなものを手に持ち替えて、二人の戦闘シーンが始まるのですが、これが迫力満点です。
本当にバシバシ殴り合い、相手の上に馬乗りになっての乱闘。
しかし、あくまでも上品に、踊りの中に取り込んでいきます。本来はもう少し長い踊りですが、ダイジェスト版にして、観客を飽きさせない構成となっていました。
ジャウック・マニス
さて、いよいよアノム氏登場です。トペン(仮面)舞踊はアノム氏の得意とする演目であり、その豊かな表現は、見る者を惹き込みます。クンダンのチャタル氏は、踊り手の登場前から、踊り手の動向を常に見ています。音と踊りが、まさに一体になっているのです。
クンダンの音に誘われるようにして、白い仮面をつけ、爪の長いジャウックが出てきます。今ではどこのバリ舞踊公演でも必ず盛り込まれている演目ですが、ともすれば退屈に思われがちなトペン舞踊。しかし、中にアノム氏が居ると思っていなくても、まずその動きに目が奪われます。
床がコンクリート造りの分厚い舞台ですから、本来踊り手のステップなどは、床に吸収されて観客には分からないものですが、このジャウックが最初に力強く床を蹴ったとき、確かに振動が伝わりました!
ジャウックは、一説には森の精霊とも言われていますが、滑稽な性格を持ち、バリの人々からとても愛されています。音楽が好きで、ついつい我を忘れて、音と戯れてしまうのです。
トペンを被って衣装をつけたその特異な容貌もさることながら、まさに人間離れした動きで一時も観客の目を逸らせません。本当に、このガムランの「音」とたわむれ、「音」と遊び、「音」に陶酔している、それが伝わってきました。
インストゥルメンタル マヌック・アングチ
再度、演奏のみです。
「スマラ・ラティ」では、踊りはもちろんのこと、その演奏を堪能しに来る観客も多いのです。奏者の演奏を見ているだけでも気持ちいいし、きっと、奏者と一緒に微笑んでいる自分、一緒に身体をゆすっている自分、を発見することでしょう。
トペン・トゥア
トゥアは老人の意味で、これは「翁」の仮面をつけ、老人が思い通りに動かなくなった体を悲しんでいる姿を表現しています。老人特有の、よぼよぼした感じ、ボーっとした滑稽な感じ、微妙な体の震えなど、細かい表現が醍醐味の演目です。
トペン・トゥアも、中にアノム氏が入っているのでしょうか??それにしては、本当のおじいさんのような動きです。
何よりナビが注目したのは、その翁のトペン(仮面)の見事さです。こんなに顔の細かいしわ、目の下のたるみまで正確に表現された仮面は、初めて見ました。まるで生きているようです。ちょっと、ぽかーん・・・と口を開けた表情など、「居る居る!こんなおじーちゃん、近所に居るよー!」って感じです。
息が上がってぜーぜーなっている感じや、老人ならではの、好奇心の旺盛さ、飽きの早さ。どうしてこんなに見事に老人を表現できるのでしょう。ちなみに、もし、仮面の翁と同じ年齢になってしまったら、この踊りは体力的にきつすぎて踊れないと思われます。
カメラでずっと翁を追っていたのですが、突然画面からトペン・トゥアが消えた!!と思ったら、舞台の中央からつまずいて、向かって右手のガムランの方にすっ飛んでいったのでした。これ、かなりの距離で、「おいおい、じーさん、そんなに飛べんやろう・・・実際の話」と、思わず突っ込みを入れてしまったくらい、すっ飛んでいました。そこでナビは「これは中にアノム氏が入ってる!」と確信したわけです。仮面を被って無くても、あの距離を正確に測って飛ぶなんてこと、アノム氏以外では出来ないと思われます。「何かにつまずいてこけそうになった」ショックのせいで、翁はガムランにしがみついて、ブルブル震えています!!それがまた真に迫っていて、演奏しているガムラン奏者も笑っています。
トペン・トゥアで、こんなに観客を沸かすことが出来るのも、アノム氏ならではだと思います。
オレッグ・タムリリンガン
アノム氏の奥様アユさん
さて、トリを飾るのはアノム氏の奥様、アユさんのオレッグ。長く「スマラ・ラティ」の花形ダンサーとして踊っているアユさん、その踊りの芸術性は高く評価されており、華やかな踊りは、普段は、トゥルナ・ジャヤやレゴンで見ることが出来ますが、今日の演目はオレッグです。アユさんのオレッグ、一度見たかったのでナビも期待が高まります!オレッグとは身体を揺らす、ことを意味するそうで、タムリリンガンは蜜蜂。花畑で楽しんでいる雌と雄の蜜蜂の様子を表現しており、故マンダラ翁が、アメリカ・ヨーロッパ公演の際に、天才舞踊家マリオに作らせた踊りです。
ゴージャスな衣装に身を包み、アユさんが登場です。まさに「女王蜂」といった風格で、圧倒的存在感です。時に妖艶に微笑み、ときに素早く旋回し、まさに一人舞台。
さて、雄蜜蜂の登場です。まさかアノム氏は出てこないだろうとは思いましたが、では、誰がラキ(男役)を・・・?と思っていたら、ウブドの有名舞踊家、デワ・ニョマン氏が登場しました。二人とも、非常に存在感のある、妖艶な踊り手なので、そのお二人のデュエットは迫力がありました。
最後は、トペン(仮面)をとったアノム氏と、オレッグのお二人、そして楽団員のメンバーが舞台上に揃って最後のご挨拶。
ここで初めて、トペンの中にアノム氏が入っていたことに気付いた観客から声があがりました。
きらきらした輝く砂がこぼれおちるようなガムランの音と、その音に舞う踊り手の高揚した気分が伝わってきた、充実の公演でした。
バリ島、ウブドで芸術鑑賞をされるなら、この「スマラ・ラティ」の「スピリット・オブ・バリ」は絶対にはずせません!これを見ずしてバリ舞踊、ガムランを語るなかれ!以上バリ島ナビでした。