暗闇に揺らめく炎と荘厳な雰囲気の中で、百人を超える男性の「チャッ!」の声が寺院に響き渡ります。
こんにちは!バリ島ナビです。
バリ島に来たら観ておきたいものに、有名なケチャがあります。「チャッ!」の掛け声に合わせて上半身裸の男性達が円陣を組みながら合唱をし、炎を囲んで舞踊劇が進められるというバリ島独特の芸能です。ウブドの北側にある静かな村に、このケチャッを観るならばオススメという楽団があります。暗闇の中で炎に照らし出される美しい踊り子と、空気を震わせる様なケチャ男性陣の声は、きっとバリでの忘れられない思い出となるでしょう。
このジュンジュンガン村は総世帯150家族の村で、各家庭から1名参加を基本にしているそうなので、毎回100人を超える数のケチャを観ることができます。この村のケチャッをじっくり聞いていると、ケチャッとは、ただ単に「チャッ!チャッ!」と叫ぶだけの合唱では無いことに気づきます。男性の響くような声が美しいだけでなく、その人数の多さも手伝って、全員が叫ぶ部分では腹の底まで響くような力強さがあり、またメロディーを目立たせる箇所では、バックグラウンドで静かな「チャッ!」を加えてステレオ効果を作り、といった工夫が各所になされており、流れる様なケチャが進みます。また、手を頭の上にあげて掌をヒラヒラさせるのがケチャッのイメージですが、ストーリーの展開にあわせて、振り付けが変えられています。複雑な振りとリズムにも関わらず、ケチャッ奏者の動きがキレイに揃っていて、ひとつのパフォーマンスとして見ごたえのあるケチャッ公演に仕上がっています。
ウブドから車で10分ちょっとの距離にあるジュンジュンガン村。今回はバイクを利用して会場へ向かったので、道中ウブドから離れて北へ行くにつれて、空気が涼しくなるのを直接肌で感じました。雨季と乾季では状況が違うのかもしれませんが、冷えが苦手な方は、薄手の上着を持参されるとよいと思います。いくつかの急カーブを過ぎると、ケチャッの会場が見えてきます。大樹の脇に建つ寺院「プラ・デサ・ジュンジュンガン」が、この村の寺院です。
この公演のケチャッでは「ラーマヤナ物語」の一部分をストーリーに取り込んだパフォーマンスが展開します。善の象徴であるアヨディア王国のラーマ王子と悪の象徴であるアレンカ王国の魔王ラワナが、シータ姫を巡って巻き起こす騒動が描かれます。
寺院の割れ門から、ケチャッ奏者が続々と入場してきます。周囲が暗いので、炎と、それに照らされる人だけが浮き出て、幻想的です。「シィルルル~・・・チャッ!チャッ!」と声を出しながら大勢が炎を囲む様子を見ていると、太古の地球をイメージさせられ、自分がその場に居るような錯覚を覚えました。
続いて、ケチャッが滞りなく行われるように、僧侶マンクーによって聖水で場が清められます。
ケチャッの主なストーリー
アヨディア王国から追放されたラーマ王子と妻のシータ姫が森の中にいます。そこへ、一匹の金色の鹿が突然あらわれます。シータ姫に鹿をねだられたラーマ王子は、捕えようとしますが、敏捷な鹿はなかなか矢に当たりません。
ラーマ王子はシータ姫の護衛をするよう、弟のラクサマナに命じて、自分は鹿を捕まえに森の中へ入っていきます。
金色の鹿は、実は魔王ラワナの手下マリチャが化けた偽物でした。以前からシータ姫を我がものにしたいと願っていた魔王ラワナは、シータ姫からラーマ王子を引き離す機会を狙っていたのです。ラーマ王子を上手にかわした手下マリチャは、元の姿に戻ると、ラーマ王子の声を真似て助けを呼びます。
これを聞いたシータ姫は夫が危機にさらされていると思いこみ、ラクサマナに助けに行くよう頼みます。しかし、ラーマの声では無いことを察知しているラクサマナは拒みます。シータ姫は「夫が死ねば、私のことを自分の妻にできると思っているのですか!」などと責め、ラクサマナを怒らせます。
シータ姫に何か起こらないよう、姫の周囲に円陣を描いて護身の呪文を唱えなておき、ラクサマナは森の中へ入って行きます。
一人きりになったシータ姫を見て魔王ラワナは大喜びしますが、なかなか円陣に近寄れません。それでも何とか呪文を解いて、魔王はシータ姫を自国アレンカへさらって行くことに成功しました。
アレンカ王国へ連れて来られたシータ姫は、魔王ラワナの姪トリジャタによって面倒を見られていました。魔王ラワナとの結婚は拒絶し続ける姫は、朝も昼も毎日泣き続け、最後には自分の命を絶とうとしますが、トリジャタによって遮られます。
ある日、白いサルのハノマンが、このシータ姫とトリジャタの前にあらわれます。シータ姫は彼のことを最初は疑いますが、ラーマ王子から託されたという指輪を見て信用し、自分の髪飾りをラーマ王子に渡してもらうよう、ハノマンに預けます。
ラーマ王子のしもべ、ベトゥワレンが、ラーマ王子とラクサマナを連れてシータ姫を探しに向かいます。アレンカ王国の国境で、彼らはアレンカの王子である巨人メガナダに出会います。メガナダの放った矢は大蛇に姿を変え、ラーマ王子とラクサマナの体にクルクルと巻きついて、二人は囚われの身となります。メガナダは、早速この成果を魔王ラワナに報告しようと、ラーマ達の様子を手下のデレムに命じて、自分はその場を立ち去ります。
しかし怠け者のデレムが監視を怠ったおかげで、巨大な鳥ガルーダによって、ラーマ王子達はメガナダの放った大蛇から救い出されます。
赤いサルのスグリワ王が舞台に登場します。スグリワ王は、以前ラーマ王子に危機を救われたことがあったので、アレンカ王国との戦いに手を貸すべく、サルの軍を応援に呼びます。
白いサルのハノマンを先頭にして、このサルの軍は大活躍をし、アレンカ王国中の木々を引き抜き、森を破壊して、火を放ちます。ついにはアレンカ王国の巨人たちは敗北し、彼らの王である魔王ラワナも死を迎えます。その後も、アレンカ王国で最後まで生き残って逃げていた魔王ラワナの弟クンバルカナ、アレンカ王子や手下デレムもサルの軍隊によって発見され、ラーマ王子の矢に倒れるのでした。
このジュンジュンガン村のケチャッでは「愛の力・誠実さ・正しさ」は「悪・強欲・情欲」に打ち勝つということを象徴しているそうです。
最後にケチャッ全員と踊り子が再登場します。
バリ島には「ゴトンロヨン」と呼ばれる、村人が互いに助け合う慣習があります。バリ芸能は、もともとは、村の寺院で奉納をするために行われていた芸能で、踊り子も演奏者も全て村の人というのが基本。今回のケチャッも、村のゴトンロヨンで成り立っている公演です。踊り手やケチャッ奏者で参加する家庭だけではありません、芸能はからっきしダメという家庭は、チケット係や交通整理係として参加し、何かしら村の役に立つように頑張っています。
ウブドで見られるケチャッ公演の一部は、ジュンジュンガン村と同じく「ゴトンロヨン」楽団です。ガムラン公演ではクトゥー村のアナンガ・サリなどが「ゴトンロヨン」楽団として本来の形のバリ芸能を続けており、これらの楽団員と踊り手は「今夜はガヤに出る」という言い方をすることがあります。(通常は「今夜はペンタスに出る=公演に出る」です)ガヤというのは、寺院や村でお手伝いのことを意味します。村が一体となって芸能を守っているのが感じられる、聞いている側が嬉しくなる言い方ですね。バリの芸能を原点に帰って観てみようと思う方は、是非これらに足を運んでみてください。
なお、ジュンジュンガン村は、以前ホタルが見られることで有名でした。最近は農薬の影響で数が少なくなってしまったそうですが、日本のゲンジボタルより少し小型で、チカチカする光の点滅間隔がとても早いバリのホタルが飛んでいます。
ケチャッが終わっての帰途、周囲の田んぼは稲を刈られた後で水が無かったにもかかわらず、チラホラとホタルが舞っているのが見えました。
以上、バリ島ナビでした。